阿弥陀岳 北西稜

1999(平成11)年12月31日
パーティ=福島、小榑、新井ま、岡田

冬合宿初日夜。これから始まる山生活への期待から、たっぷり酒を飲んで盛り上がっていた頃、リーダー会議が終わり、私の翌日登る場所が決まる。一般縦走路のはずだった。しかし小榑氏から「明日一緒だからよろしく」「へ?」「阿弥陀岳北西稜だ」「どこ、それ?」全く予想外の名称を聞いた。事前に登りたい場所は勉強していたが、阿弥陀岳は完全にノーチェック。「で、メンバーは?」「福島ま、小榑、新井ま」「・・・・・・。キツそうだ」この時点で酔いが醒め、ルート図とにらめっこした。

翌日、前夜の酒がわずかに残る早朝、あたりは真っ暗。ヘッドランプを灯し、行者小屋を出発。10分下り、トレースのある沢を左に入る。雪は少なくラッセルの心配はなさそうだ。だんだんと傾斜がきつくなり、汗が滴る。あたりが明るくなってきた頃、後ろをふりかえると北アルプスが朝日に照らされ赤く染まっていた。何度か休憩し、沢をつめたあたりで尾根に取付く。急傾斜の薮漕ぎが始まり、バイル(ピッケルの方が良かった)とアイゼンを駆使し、黒い岩壁目指しひたすら登る。これが近くに見えても結構遠かった。

やっと北西壁基部へ到着し、大休止。登攀の準備をする。私はここまででかなりの疲労感がある。他の3人は余裕がありそうだ。とりあえず岩稜をトラバース後、福島氏をトップに雪壁に取付く。セカンドは私。ザラメ雪の急傾斜でバイル・アイゼンの効きが悪い。おっかなびっくりしながら、なんとか登る。続く小榑氏と新井氏はノーザイルで登ってきた。さすがである。

2ピッチ目、岩壁。ホールドは豊富そうだが、ルートファインディングが難しそうだ。10m右上してリッジに出、そのまま詰めると、テラスに出る。ここで冬の岩稜はなんとも手が冷たく、よくホールドできないことを知った。

3ピッチ目、北西稜の核心部、かぶりぎみのチムニー・クラックだ。ホールドは細かくかなりの技術を要する。トップの福島氏も悩んでいる。ふと辺りを見回すと我々が登ってきたリッジの反対側の基部に登山者を発見。後で聞いたら我々は取付き点を間違えていたらしい。「薮漕ぎが大変だったでしょう」と言われた。その間、小榑氏・新井氏は岩壁の左側に別のトレースを見つけ取付いた。そして福島氏がビレイ点に到達し、私の番になった。アイゼンの爪先を頼りに慎重に登る。しかしチムニーがクラックになるところで行き詰まる。1m上には残置シュリンゲと福島氏の残したアブミがあるのだが、手がかじかみ、アイゼン紐が足に食い込み、力が入らない。どうしようかと考えているうちに手足が疲れてしびれてくる。私の悪いパターンに陥ってしまった。これはマズいと思い、意を決して、しょっぱいホールドに
手足をかけ、微妙なバランスを保ちつつアブミにたどり着く。小休止。アイゼン装着時のテープアブミに苦労しながら登り、再び岩に足を掛ける。ここがまたしょっぱく、回収に苦労する。そして最後のハングしたクラック。これといったホールドはないので、深いクラックに腕をねじ込むとこれがけっこう効いて、いい具合。だがそれも一瞬、乗り越す最後のホールドが乏しい。福島氏のアドバイスでレイバックぎみに、やっと乗り越す。

あとは緩斜面だが、緊張と疲労で四つんばいになりながらビレイ点へ到着。登攀終了。充分休む。すると私と福島氏の休んでいる地点から5m上の崖から新井氏が顔を出した。ここで4人合流し、5分程雪稜をつめ、摩利支天から阿弥陀岳山頂へ。山頂は何とも穏やかで、さっきまでの緊張感が夢のように思われた。帰りは中岳のコルから下り、行者小屋へ戻った。