富士山

2000年9月9日(土)〜10日(日)
パーティ:岡田、井岡、井上、岩田、岡田妻

標高差:五合目2,304m 〜 山頂3,776m (標高差1,472m)
登り:5時間半 下り:3時間20分 行動時間:11時間50分

コースタイム
本庄(21:00〜23:30)河口湖IC(3:20〜3:50)河口湖五合目
五合目(4:20〜4:50)六合目(5:00〜5:40)七合目(5:50〜7:00)八合目(7:10〜8:05)本八合目(8:30〜9:50)山頂(11:00=お鉢廻り=12:40)山頂(12:50〜16:10)五合目(16:20〜17:00)温泉(17:40〜23:00)本庄

9月9日、21時本庄に集合し、出発。関越・圏央・16号・中央と順調にパスし23:30に河口湖IC下車。
富士スバルラインを目指すが、料金所が閉鎖。翌朝3時開門とのこと。周りにスペースはあるもののテントを張るにはしのびなく(本当は車にぶつけられる危険があるので)、道を戻り場所を探す。場所はすぐ見つかり、テントを張り、仮眠に入る。皆寝つきが悪いようだ。あっと言う間に午前3時。起床。テントをかたし再び料金所に向かう。通行料は往復で2,300円。高い、と思ったがここから5合目めまで結構長かったので良しとする。3:50、一大観光地と化した河口湖五合目に到着。気温14度。月が明るいのを差し引いても、満天の星空はきれいである。飯を食べ、身支度し、4:20出発。
暗いなかヘッドランプの明かりを頼りに、6合目を目指し緩やかな林道のアップダウンを30分歩く。4:50、六合目到着。小休止後、七合目に向け出発。4mくらいある整備された道(登山道と言える代物ではない)をジグザグに登っていく。先頭はボッカ岩田、2番手はランナー井岡、3番手はカメラを撮りまくってはしゃぐホープ哲一、4・5番手は岡田夫婦。前の3人は余裕で登るが、運動不足の我が妻と朝から頭痛のしていた筆者のペースが上がらない。それでも5:40七合目に到着。この間に水平線から朝日が昇るのを見る。オレンジ色に染まる空と黒い山との対比はなかなかいいもんだ。小休止後、八合目に向け出発。ここから岩稜地帯になり、登山道らしくなる。ボッカ岩田はマイペース、頭痛の治った筆者も好調だが、他3人の具合が気になりだす。7:00、八合目に到着。小休止後、本八合目に向け出発。目的地は見えているもののなかなか着かないつらさを一番感じるところである。案の定我が妻のペースがさらに悪化する。井岡氏・哲一君もペースが落ちる。8:05、本八合目に到着。大休止とし、飯を食べる。かれこれ4時間、いいペースで登っているため、各人疲労が顔に出始めている。まあゆっくり行こうや、ということで8:30山頂へ向け出発。八合目あたりから感じていたが、空気がかなり薄くなっているのがはっきりわかる。目指す山頂はずっと見えている。もうここまで来たら、辛かろうが苦しかろうが足を10cmでも前へ出し、登るしかない。皆ひたすら地面を見て黙々と登る。そして9:50、白い鳥居を抜け、全員登頂。タイムは5時間半、標準タイムより1時間も早かった(JC山岳会としては初のことではないか?)。登ってみると展望にというより日本一の山に登ったこと自体に感動する。早速飯を食べ、疲れを癒すため仮眠をとる。しかしそこは3745m。天気はいいが、風が吹くととても寒くフリースを着ても寒くてよく眠れない。1時間ほど休み、お鉢廻りに出発。これは富士山の火口を一周するもので1時間半くらいかかる。緩やかなアップダウンをしばらく行き、50mほどの急傾斜を登ると「剣が峰」3776mに到達する。「日本最高峰富士山剣ケ峰」と書いてある石柱が立っている。これを見て何かジーンとした。記念写真を撮り、上里産の梨を食べ落ち着くと、「今我々は日本一高い所にいるんだ」と改めて感動に浸る。そして再びお鉢廻りを続け12:40元の位置に戻る。この360度の大展望で海は良く見えたものの山間部は雲海に覆われ3000m級の山でさえ見えなかった。ちょっと残念だが「雲上を歩く」とはこのことだと実感した。
12:50下山開始。ブルドーザー道と名のつくとおり(途中1回すれ違う)広い砂の道である。とにかく砂埃がひどいのには閉口する。この下山途中、井岡氏のふともも痛が悪化する。非常ではあるが自分で降りてもらうしかないので、だましだましゆっくり下ってもらう。この下山道は長いのはもちろんだが、砂が深く足を滑らしやすいため、余計な神経と力を使う。あれだけ長い登りをやったあとにはキツい運動(試練)である。のんびり下ること3時間、観光客もちらほらいる六合目に到着し、ホッとする。あとは観光客でにぎわう五合目まで20分歩くだけだ。そして五合目に到着するとそこはフィリピンだった。どうやら200人くらいで観光にきているらしい。現地の言葉がマイクで飛び交っている。(まるで浦島太郎の気分だった)そのなかを通り過ぎ駐車場へ向かい、車に乗り込む。少しでも早く温泉に入り汗を流したいので、最初に見つけた温泉に躊躇無く飛び込む。さっぱりしたところでビールでも飲みたいところだが、帰り道を考え速攻で帰路につく。ところがこれが失敗し中央道は大渋滞。一般道を行くも時間はかかり、11:00に本庄へ到着。最後に本当に疲れ切る。

今回は「善良な」登山者から非常に評判の悪い富士山に登ることになったが、うわさに違わぬひどさであった。以前より良くなったとは聞くが、ゴミの多さは人語に絶するものがあり、山小屋のトイレは山へ垂れ流し。これは登山者の質と量を考えれば当然の結末かもしれない。山頂で騒ぐ若い氏。お粗末な装備で登る観光客。これらを受け入れられるように整備してしまった時点で富士山は「山」ではなくなったのだ。それをこの目で見た筆者は決心する。もう二度と夏の富士山は登らない。人を寄せ付けず、汚いものを雪で隠してしまう冬だけにしよう、と。
でも天候に恵まれ、登山渋滞もなく、全員無事に登頂・お鉢廻りができ良かった(途中あきらめかけたけど)。行動時間は12時間というハードなものであったが、その分充実感もひとしおだ。日本一高い所から見る地・海・雲は幻想的な感じすらして最高だった。