表妙義山
1998年10月4日(日) 晴
パーティ=単独
登山を始めて1年足らずの時期に一人で表妙義山へ行ってしまい、命からがら帰ってきました。当時はたいした体力もなく、ルートファインディングの技術もなかったにもかかわらず(今でもそんなにないけど)、何度かロッククライミングをやっていたので、調子に乗っていたのかもしれません。私のような人が今後でないように恥ずかしながら、その顛末を報告します。
妙義神社への急な坂と階段を上り、お参りして出発。前夜の酒が少し残っていたので、汗が酒くさく、気分も悪くなってきた。1時間頑張り、大文字に到着。あまりに体調が悪いので、今日はここで休んで帰ろうと思い、大文字まで登り1時間ほど寝る。騒がしいオバちゃんPに目を覚まされ、体を起こすと非常にスッキリしていたので、相馬山まで行ってみようかと思い再出発する。
ここからが表妙義山が本当の姿を表わし始めた。奥の院・見晴・ビビリ岩・玉岩とスリリングな険しい岩峰が続く。そして12時ごろ相馬山に到着。のんびり昼食を取る。先へ進もうかとも考えたが、エスケープルートがないのであきらめ、タルワキ沢を下降することにする。
道標に従い下る。始めは傾斜もそれほどなくルートもわかりやすかったが、どんどん傾斜が増してくる。ルート図では途中で左の尾根へ移るようになっているので、左に注意しながら下る。ところがだんだん大きな岩を尻をついて滑るように降りていかなければならないようになってきた。沢筋なので角のとれた岩ばかりでスタンスがないのがつらい。でも妙義山だからこれくらいはあるだろうと思いそのまま下るが、これが失敗。道?は悪くなる一方で、とうとうどうしても下れないような岩場に遭遇してしまった。すでに登り返せないような所を降りてしまっていたので戻ることはできない。左の尾根を登ろうにも崖に近いような泥付きで滑落するリスクが大きすぎる。本当にいきずまってしまった。とにかく冷静にならなければと思い、周りを良く観察し一番リスクの少ない場所を探した結果、左尾根の末端から木を伝わっていけばなんとか下りれそうだと判断する。意を決して足を踏み出すと土の足場がぼろぼろ崩れ出し、木にぶら下がってしまう。あわてて鉄棒上がりみたいに木に足を掛け、体勢を立て直す。10mこんなことを繰り返し、最後は2mずり落ちるような形で沢に戻る。それからも10分ほど岩をずり落ちるような格好で下りていく。そして傾斜も緩くなり岩も小さくなってきてなんとかなったかなと思った矢先にブーンという音とともにこぶし大の石が1m横を通過していった。とっさに身構えると後から小さいのがパラパラと落ちてきた。これにはびっくりし、一刻も早くこの状況を抜け出そうと疲れきった体にムチ打って、中間道目指し走り下りた。
5分くらいで中間道に着き、へたりこんだ。生きて帰ってこれた安堵感が疲労を倍増させたようで、30分は動けなかった。いくらか回復してきて自分を見ると全身泥だらけで、あちこち痛く、手や腕からは血も出ていた。
痛む体を2時間くらい引きずって妙義神社に着いた。無事帰ってこれた事を感謝し、お参りした。
以上のような恥ずかしい顛末です。山行計画の甘さ、ルートファインディングの未熟さ、沢筋の恐ろしさを痛感しました。おかげでこの山行以来ルート選びには慎重になり、現在も五体満足で山登りをさせてもっらています。